河童の裏庭

雑多な感じ

海外のメシが口に合わなかった話

 

 

 

 

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大学最後の春期休暇ということで、香港,マカオに卒業旅行へ行ってきた。僕にとっては初の海外旅行だったのだが、そこで否応なしに痛感したのは、日本と海外の文化の違いであり、日本で暮らすことの快適さを認識した旅となった。

 

 

 

ーー煩雑な飛行機搭乗や出入国手続きを何とか済ませ、空港から香港の街へ出たものの、「海外へ来た!」という実感は殆ど湧かなかった。というのも、道路に目を向ければ、走る車は大体が日本車だったり、セブンイレブンサークルKといったお馴染みのコンビニが至る所に存在したりと、最早殆ど東京と相違ない街の景色が、そこに広がっていたからだ。これには非常に安心感を覚えたとともに、妙に日本という国が誇らしくなった。今まで僕はーーやれ、愛国心だとか郷土愛だとか、そういったパトリティオリズムな考えは微塵も抱いたことがなかったが、海外に居るからだろうか、日本のものが国境を越え世界で定着している様を見ると、そういった思いが湧き出てきたのだ。

 

 

ーーとはいえ、やはり街を散策してみると、日本との違いというものをまざまざと感じた。最たるもので言えば、食事に関してだ。海外で現地食をいただき、文化の違いを舌で感じるというのは海外旅行の醍醐味の一つだが、結論から言うと俺の口には合わなかった。なんだかよく分からない調味料がふんだんに使われてるのであろう現地料理の数々は、食べられないことこそなかったものの、「いつも食べてるものとは違う」という違和感が勝ってしまい、イマイチ美味しいと思えなかった。...というか、ハッキリ言うと不味かった。勿論現地料理を貶しているわけじゃない、あくまで、「食べ慣れている日本食と比較して」という話だ。

 

 

ーーそんなわけで、「せっかく香港に来たのだから香港の料理を食べる!」というノルマを達成した後は、早々にして、「日本食に近い料理」を探し求める方向にシフトした。そんな最中、吉野家の文字を見かけて吸い込まれるようにして入店するのは、至極当然の流れであろう。さて、これだけ聞くと、やれ「海外迄来て吉野家かよwww」とか「何しに海外行ったの?www」といった嘲りの声が方々から聞こえてきそうなものだが、これに関してはもうしょうがない、食べ慣れない現地食を無理矢理胃袋に詰め込む作業は、精神的にも相当なストレスであり、場合によっては命に関わりかねない...生き永らえるためには仕方がないことなのだ。ーそういうことにしておいて欲しい。

 

 そんな思いで吉野家に入店し、日本のメニューにはない「チーズ牛丼」なるものを食べてみたのだが、どうにもおかしい...

なぜだ、なぜ吉野家でさえも不味いのだ...? 確かに肉と玉ねぎとご飯は美味しかった。日本で食べ慣れた牛丼と目立った違いはない。...が、問題はチーズだ。強烈な香りは鼻を強く刺激し、口に含むとその香り,風味が口いっぱいに広がる。この味に関しては、食事をしながら閲覧している方もいらっしゃると思うので控えめに表現するが、ゲロの味がした。結局チーズは最後まで食べることができず、チーズ牛丼を頼んでチーズがかかった部分を残すという何とも奇っ怪なことをしてしまった。...なぜ一番シンプルな牛丼を頼まなかったのか...はぁ。

 

 

ーーそういうわけで、もはや現地料理に抱いていた憧憬は消え失せ、「旅先の料理屋で美味しいものを食べる」ことは諦めた。おそらく旅先で口にした食べ物の中で、最も美味しかったのは日清のカップヌードルだろう。... 結局のところ食べ慣れたものが一番なのだ。

 

ーーやはり、普段口にしない異国の料理を何不自由なく受け容れることは、文化や環境が異なる以上は土台無理な話なのだ。これは食事に限ったことではないが、もし運ばれてきた料理が、対峙した文化が、あるいは現地人の言動や性格が、自分と合わなかったとして、それを「良い刺激」として咀嚼し楽しむのか、それとも「日本食の方が美味しい」というような、日本との比較をしてしまうのか、そこが海外での生活を楽しめるかどうかの分岐点のように思う。残念ながら俺は後者のようで、海外に来て色々なものに触れるたび、とかく日本との比較ばかりしていたように思う。

 

ーーさらに言うなら、日本の生活水準の高さ、快適さが仇となって、海外での生活を素直に楽しめなくしているようにも思う。例えば食ひとつとってみても、日本の食べ物が海外スーパーの目のつきやすい所に大量に陳列されてるさまであったり、寿司やラーメンといった日本食が国境を越え、海外に於いても一つの食文化として溶け込んでいるさまを見るに、日本の食というのは世界中で愛されているといっても言い過ぎではないだろう。他にも接客サービス、言わばおもてなし文化というのも、他に類を見ないほどの丁寧さである...他にもあげていけばそれこそ枚挙に暇が無いくらいに、日本での生活というのは他と比べて恵まれている。そんな日本で長い間暮らしていればいるほど、海外へ行くと「日本にあって旅先にはないもの」を明確に意識してしまい、上にも書いたような、「日本だったら...」という比較思考に繋がり易いのかもしれない。

 

 

 

ーー勿論、海外にも素敵な文化や価値観があり、貴重な体験が出来る機会というのはそこかしこに転がっているだろう。ただ、そういったものは、「もし日本だったら...」という比較ばかりしていては取り零しがちになってしまう。

「郷に入れば郷に従え」という言葉があるように、文化も価値観も何もかもが違う海外において、それらを受容し楽しむためには、「もし日本だったら....」という比較思考の色眼鏡を外し、真っ新な気持ちで違いを違いとして受け容れることが重要なんだろう きっと。